移住女子のローカルライフラボ

MENU
オンラインサロンに入会

移住女子のローカルライフラボ

オンラインサロンに入会

INFORMATIONインフォメーション

インタビュー

2016.08.31

先輩に聞く!移住女子の心得10ヶ条-

移住したいと思ったら、何を、どう準備すればいいのでしょう。家はどうする、現金はどれくらい用意すれば足りるのか、果たして友達はできるのか……? 物理的な問題以外にも、気持ちの面でたくさんの不安が生まれます。

そんなとき、頼れるのが移住実践者の先輩たち。男性とはすこし違う目線で悩んだり、また楽しんだり、毎日を満喫しているように見える「移住女子」の先輩2人に、移住する前の準備、移住してからの暮らしについて、ざっくばらんに聞きました。

 

ijujoshi-inakaragge-39-58-150x150

佐藤 可奈子:新潟県十日町香川県生まれ。28歳。当時は海外支援の分野で働きたいと思い、立教大学法学部政治学科に入学。在学中に当時6件13人だった新潟県十日町市の池谷集落の農業体験に参加。卒業後、集落に移住して就農。水稲、さつまいなどを栽培。14年には27歳で全国最年少の女性農業委員に就任。移住女子フリーペーパー『ChuClu』編集長として、里山での魅力ある生き方を発信。新潟日報にて「きぼうしゅうらく」、全国農業新聞にて「一粒万倍」を連載中。雪国農業が生む、目に見えない大切なものをつなぐ。



ijujoshi-sato-shimamoto-6-6-150x150

島本 幸奈:宮城県石巻市1991年千葉県君津市生まれ。震災がなければ、名前も聞いたことなかったし、来ることもなかっただろう宮城県石巻市での移住生活も6年目になっちゃいました。漁業をカッコよくて、稼げて、革新的な「新3K」を目指す、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンに立ち上げから関わり、海と共に生きる男達の中で紅一点、情報発信や個人向け販売、交流イベント、担い手育成事業などに携わり水産業の魅力を全国に発信している。自分が感じた漁師たちのカッコよさと彼らのつくる海産物の美味しさに感動を、ひとりでも多くの人に届けるために日々奮闘中。

[1] 何歳で、どこに移住した?

ijujoshi-sato-shimamoto-3-6

佐藤可奈子(以下、可奈子) 大学3年生だから、20歳かな? 移住先は、宮城県石巻です。

島本 幸奈(以下、幸奈) 私も、20歳になってすぐでした。

可奈子 すごく若かったこともあって、本当に右も左もわからない状態で新潟県十日町市の池谷集落という地域へ移住しました。今、移住6年目。いろんなひとに助けてもらって、生きています(笑)。

[2] 移住先の地域との出会い、きっかけはどう探す?

ijujoshi-sato-shimamoto-5-6

可奈子 たまたまだったかも(笑)。私はもともと、海外で働きたい、平和を考えたいという気持ちが強くて、大学時代は発展途上国の支援について学んだり、難民支援のサークルに所属したりしていました。

その活動を通して知った、「特定非営利活動法人ジェン(JEN)」という団体が、中越地震の復興ボランティアプログラムを組んでおり、それに参加したのが一番最初の池谷集落との出会いです。池谷で暮らすひとたちの素晴らしさ、生きる力強さ、そして、そのひとたちを育んでくれた農業に触れたくなって、何度も通ううちに移住しようと思うようになりました。

幸奈 私も、偶然です。東北にボランティアをしに行こうと思って、ウェブで調べて出てきたのが、石巻でした。

私は千葉県出身で、移住前の住まいは君津市。ここから勤務していた浦安市にあるホテルの結婚式場へ、毎日通勤していました。東日本大震災の当日も、そこでいつも通り働いていて、披露宴を担当していました。でも地震があった3月11日からの4日間は、私自身も家には帰らず、そこのホテルで働きながら、避難者の方の対応をして過ごして。5日目以降は、ホテル自体が1ヶ月間の休業期間に入りました。

すると、感覚がまったく変わった自分に気が付きました。私は何もしてなくていいのかな、というような気持ちになって……。「私は今生きているんだから、できることをしておきたい」と思って、東北へボランティアに行くことを決めました。

震災がなければ、石巻という場所を、知らずに生きていたのかもしれないと思うと不思議です。

[3] 知り合いはどうやって増やせばいい?

ijujoshi-sato-shimamoto-6-6

幸奈 ボランティアがきっかけだったから、同じく現地に入った方々との交流があったというのが大前提ですね。

でも移住を決めるときって、頼れる存在がいるかどうかは、すごく大きいですよね。レンジャーものだったら、きっとこのひとは赤レンジャーなんだろうなという方に出会えるかどうか、というか。

可奈子 赤レンジャーって表現、分かる!

幸奈 あとは、婦人部のすごくチャキチャキした、お母さん?

可奈子 いるんですねぇ、どの地域にも(笑)。

幸奈 あはは(笑)。ご縁なんだとは思いますが、赤レンジャーに出会えると、かなり強いというか、自分自身も強くなっていけるんじゃないかなって、思いますね。知り合い作りに限らず、これはいろんなことに影響がある話かも。

可奈子 そうかもしれませんねぇ。私は、知人を増やしてから移住をするという流れだったんですが、そのときもそういえば、赤レンジャーさんにすごく助けていただきましたねぇ。

たとえば、飲み屋のお母さんとかかな? 十日町市はすごく小さな地域だから、「移住者がきたぞ!」という情報はすぐ回るんですね(笑)。そうすると、まず向こうが私のことを知ってくださる。

その中で、飲み屋のお母さんが、お店に居合わせたひとを「このひとはここに住んでいてね」とかって紹介してくださったり、「田んぼの手入れならこのひとが得意でね」とか、いろいろなひとをつなげてくださって。

新潟に通うたびに、徐々に知り合いや友達が増えていった記憶があります。

幸奈 うんうん。

[4] お金はどれくらい持っていけばいい?

Fisherman-Japan2

幸奈 お金かあ。今だったら、東京で暮らすためにお金をどれくらい持っていけばいいかの方が悩むかも(笑)。

可奈子 敷金礼金でまず10万円はかかるだろうし……地域へ移住するときよりも「東京で夢を叶えるぜ!」というときの方が、たくさん貯金しなきゃってなるかも。移住したとき貯金というか、お金は用意しました?

幸奈 うーん、じつは私、震災直前の3月の時点では、どのみち会社を辞めて、世界一周に出ようかなと思っていたんです。だから旅用の資金というか、現金の用意はありました。

可奈子 お〜なるほど。私は卒業と同時に移住したので、全然、貯金が……何千円とかで(笑)。でも、最初に住んだのが集落のNPOが管理する分校だったんですね。その建物の管理人になって、県外からの農業体験の方を受け入れたり、当時任意団体だったNPOのお手伝いをしたりする代わりに、家賃や光熱費がゼロ、その上月5万円をいただけるというありがたいお話で。

だから最初は、その5万円の中でやりくりしていました。でも、今「どれくらい現金を用意していけばいいですか」って聞かれたら……たとえば月5万円の生活費が12ヶ月で60万円ですよね。それくらいがいいかな。ただ私は頂き物も多かったので、余裕を見て100万円くらいでしょうか。

幸奈 それくらい必要かもしれないですね。でも移住後の現金収入のハードルが高いわけじゃないから、スムーズに地域に入っていけた場合は、それなりに移住1ヶ月目からお給料がもらえる場合もありますよね……?

可奈子 それはたしかに。ゼロから起業する場合とかだと、また違う心配がいるかもしれないですが。でもやっぱりその場合でも、目安として100万円くらいって、私は答えるかな?

[5] 家探しは、どうすればいい? 一軒家 or アパート問題

asayake1

 

この記事を「灯台もと暮らし」のサイトで見る